「まつもと子ども留学」にお子さんを留学させている親御さんからいただいたメッセージを紹介します。
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『子ども達の未来への祈り』
2015年11月
Y.H.
我が家の娘は、現在まつもと子ども寮にお世話になっています。
3.11東日本大震災が起こるまで、こんなに早く娘が遠くに行くことになるとは想像すらすることなく過ごしてきました。
娘は、年の離れた小さな弟のことがことの他大好きで、とてもかわいがっていました。
当時、子ども達が外で遊ぶことをはじめ、身の回りの環境は不安に思うことがたくさんありました。そのような中、何も分からない弟は外に出たがり泣くことが多くありました。そんな弟をなだめ、娘なりに教えていました。外に行くときはマスクをつけさせたり、小さいお母さんのように、大好きな弟を精一杯守ろうとしていました。
そんな娘は月を追うごとに学校に行くことを嫌がるようになり、家でも元気がなくなっていきました。震災後の過酷な環境に、私自身も迷い悩んでいました。娘もまたその渦の中で、同じく迷い苦しんでいることが感じられました。
そんな状況が続いていた震災の年の秋、私は街中の喫茶店に立ち寄ると、1冊のフリーペーパーが目にとまりました。その中に震災支援団体の紹介記事が載っていました。戸惑いながらも、メールをして胸の内を相談すると「1人じゃないから大丈夫。必ずつながって下さい」と返事を頂きました。心に響く、温かいメッセージでした。
その後私達親子は、地元で行われたミニ相談会やそのつながりから保養に参加する機会を頂き、同じ思いをもつ地元の方々や県外の支援団体の皆様との出会いがありました。それから少しずつ前向きに過ごせるようになっていきました。
そして、子ども達が冬休みになる前に行われた保養相談会で、子ども寮のスタッフの方から「この4月に松本に子どもだけで寮生活を送る子ども留学が始まる予定で、12月に現地見学会があるから保養も兼ねて参加してみませんか」と誘いを受けました。
娘に話をすると「行きたい」と即答だったので、親子で参加することになりました。
松本市の郊外にある四賀地区は、合併して市になった山村の小さな集落でした。北アルプス山脈が間近に見える穏やかで静かなその地域を、娘はとても気に入ったようでした。家に戻ると娘は「留学に行きたい」と笑顔で話しました。
しかし、その後しばらくすると「弟のこと心配だし、一緒に行けないから行かない」と話するようになりました。その気持ちは痛いほど伝わってきました。
一月に入りまつもと留学の職員の方々と、見学会に参加した親子の面談会が開かれました。その時に、娘の思いを伝えました。職員の方々も分かって頂き「いつでも大丈夫だから、気持ちが決まってからいつでも大丈夫です。」と返事を頂きました。そのような経過を過ごし、最終決定日の前日娘は、「弟のこと嫌いになったから行く。もう大っ嫌いになったから。」と話しました。娘なりの弟への思いを断ち切るための精一杯の言葉でした。私からも「弟のことは、家族みんなで守るから大丈夫」と話しするのが精いっぱいでした。その時娘は「うん」とうなずき、少し安心したような表情でした。
親子が離れ離れになる、その決断には、子どもには子どもなりの決断、親にもまた決断と覚悟が必要でした。
3月末、寮生活初日、私達親子は娘を送ってまつもと子ども寮へ行きました。
娘は荷物の整理をしながら、あふれる涙を何度も何度もぬぐいながら座りこんでいました。私が娘の傍らにいると、寮の子ども達がみんな集まってきて、娘と私を囲むように何も言わずに静かにそっと座り一緒に時間を過ごしてくれました。どのくらいの時間だったか定かではありませんが、言葉ではない温かいメッセージをたくさん私たち親子は受け取った時間でした。
みんな同じ思いで、自分で、親子で決断して覚悟をもってここまできた8人の子ども達でした。私はそのときに、子ども達の絆や、子ども同士のつながり、そして力を感じました。
寮生活が始まり、今は寮の職員の方々、地域のボランティアの方々、学校の先生方、仲間達に支えられ、寮生活、学校生活を送っています。
学校では、1学年27人と少人数ながら、担任の先生と副担任の先生と配置して頂き、心のケアにもあたって頂いています。寮には地域のボランティアの方々が食事作りを交代制でお手伝いして頂いています。子ども達は地域のイベントに参加させて頂いたり地域の皆様が温かく受け入れてくれています。
中学校の参観日のときに子ども寮を訪れた際には、地域の方々がすいかの差し入れで訪れてくれました。そして、寮の子どもたちと私たちも参加しすいか割りも行い楽しいひとときを過ごしました。皆様がこの子ども留学を支えようと取りくみがされているのが感じられ感謝の気持ちでいっぱいです。
先日の長野沖大震災の際には、電話がつながらない状況の中安否を遠くから心配していまいた。その後、しばらくすると、職員の方からメールで連絡があり、子どもたちは動揺があるものの、職員さんの居る事務室にみんなで身を寄せ合い過ごしていたようでした。職員さんが子どもたちに声をかけ、また地域の方も見回りに訪れてくれていたそうです。子どもたちをみんなが支えてくれていること、支えあっていることを改めて感じられました。
寮の職員の方々が私達の親変わりとして、寮の仲間達は兄弟のように、大きな家族のようにみんなで子どもたちを支えてくださっています。
震災がなければ、きっとこのような親子離れ離れの選択をすることない日々を送っていたと思います。しかし、現実には様々な葛藤がありましたが、支えて下さった皆様のお陰で、娘は前を向いて歩きだすことができました。
今後子どもたちの健康のため、このような取り組みが広まっていくことを願っています。
最後に、娘の健康と命を守ってくださっています、まつもと留学の皆様に心から感謝します。そして、この留学を支えて頂いています地域の皆様、全国の、世界の心ある皆様に心から感謝したいと思います。