2024年1月1日
新たなスタート「保養と人権の発見」

editor post on 2月 6th, 2024

はじめに

核兵器の使用と原発の事故は21世紀最大の人災で、その影響は私たちの日常感覚や想像を絶する、計り知れないものがあります。しかし、何とかしてこの過酷な現実に向き合おう、というのがNPOまつもと子ども留学基金の創設以来の変わらぬスタンスです。
そして今、留学生が卒業した今、改めて、まつもと子ども留学のこのスタンスに立ち帰って、やるべき事業を再考した結果引き出されたものが、年明けにリニューアルしたHPの冒頭に掲げる以下の文です。

再スタートする「まつもと子ども留学基金」の取組みに、引き続き、関心とご支援を寄せて頂けたら幸いです(寄付、カンパ、会費の口座は→こちら)。
どうぞよろしくお願いたします。

保養施設「奏奏(sousou)()」の前景(2023年6月)

()保養施設とよもぎ蒸しの部屋pokkeがリニューアルしたので、「気持ちよさそう~いごごちよさそう~」と感じさせてくれる名称を‥‥と考え、新しい楽器「カナデオン」を奏でる感じも込められたなあ‥‥と考え、つけました。この「奏奏(sousou)」が2024年1月29日、リニューアルした詳細は->こちら

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 「保養の発見」そして「人権の発見」

まつもと子ども留学基金は、2011年3月の福島原発事故をきっかけに松本市で作られたNPO法人です。2013年8月からスタートし今年で10年目です。

チェルノブイリ事故の被災地で医療ボランティア活動に参加した前松本市長の菅谷昭さんが「チェルノブイリ事故の教訓」のインタビュー記事上記の著書「これから100年放射能と付き合うために」で紹介している通り、ひとたび原発事故が発生すると、従来の自然災害とは異なり、その影響は事故直後にとどまらず、私たちに長期にわたる未曾有の影響をもたらします。
日本が過去に経験したことがない
この過酷な現実から目をそむけず、できることなら何でもやろうと、2014年から、汚染地に住む子どもたちの留学事業を行って来ました(→寮開設時に、市長時代の菅谷昭さんが寮を訪問した記事)。

◆保養の発見

2020年3月に留学生が卒業したあと、ここ3年間はコロナ禍の中で、2011年以来日本で一般に行なわれてきた保養のスタイル(キャンプなどの自然体験)とは異なる、チェルノブイリ事故後の保養をモデルにした新しいスタイルの保養事業を模索して来ました。その模索の中で明確になったのが、健康回復にとって最も基本となる呼吸(息)・食べる(食)・からだを動かす(動)・思う(想)のバランスを整えて、「食事・運動・芸術・休養」を統合した次の3つの保養事業です(詳細は上のメニューの保養情報 と 年間事業計画を参照下さい)。

①.キャンプなどの「自然体験型」の保養に加えて、
②.原発事故などに起因する心と身体の不調を「温熱手当て」や「よもぎ蒸しサウナ」などで取り戻す「養生型」保養を柱とし、
③.心の変調を整え、シンセサイザーオルゴールの音楽などにより心に栄養を与えるいわゆる「芸術型」の保養を追加。

◆人権の発見

その中で、私たちはもう1つの発見をしました。それは私たちが発見した保養とは本来、市民ひとりひとりが自分の命の主人公になるために不可欠なものだ、ということです。だから、保養とは、原発事故直後に恵みや施しとして与えられるものではなく、いつでもどこでも人間として大切されることすなわち人権の行使なのです。ところで、国は市民の人権の行使を保障する義務・責任を負います。従って、保養においても国は保養の実現を果たすべき義務・責任を負います。この意味で、保養は本来公共事業であり、国家が果すべき社会福祉事業なのです。
もともと保養は西欧の歴史の中で転地療法として発展し、特にドイツでは温泉療養をベースにした社会福祉施設として運営されて来ました。一方、日本では明治以降にサナトリウムが結核の転地療養として導入されましたが、それが現在まで、健康を回復するための社会福祉制度として整備されることはありませんでした。2011年以降に実施されている保養も国の公共事業として行われることはありません。
今は志を持った複数の個人で、新たに発見した保養事業を運営していますが、それと並行して、新たに発見したコンセプト(人権の行使としての保養)が日本社会で承認されるように、これに向けて取り組んで参る積りです。私たちが発見した保養事業が公共事業、社会福祉事業として承認されるまでの間、この保養事業を持続的に維持するために、私たちに市民の皆さまの協力・応援をお願いする次第です。

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