昔、俳優のケヴィン・クラインが役者について「君が役を演じるのではなく、役が君を演じさせるのだ」と言っていた。これがとても印象に残った。それは役者だけではない。たとえばゲバラや高野長英や安藤昌益のような医師が社会を変革しようとするのは偶然ではなく、彼らが医師であることと深い関係がある。それは病気を治すという医師の役目が彼らを病んだ社会を治すという行動を取らせることになるからだ、と。
音楽は数ある芸術の中でも最も実験的精神にあふれている。この意味で、人が音楽家を演じるのではなく、実験的精神にあふれる音楽家が人を実験的行動を演じさせる。そのことを最も純粋に、最もストレートに演じた一人が坂本龍一さんだと思う。彼は私たちのまわりに満ちあふれている音楽を一度リセットして、いわば零度の地点を通過して、そこから「誰もまだ聞いたことのない音」を求めて実験を執拗に重ねた。このような純粋音楽家が、人を音楽ばかりではなく、社会の仕組みも一度リセットして、「誰もまだ経験したことのない社会の仕組み」を求めて実験を重ねようと(例えば地域通貨)駆り立てたのは自然の成り行きと言える。坂本さんの社会的関心と行動は彼が実験的精神あふれる音楽家であることと深くつながっている。そのことを具体的に明かしてくれたのが、YMOの第4のメンバーとして坂本さんと行動をともにした当団体代表の松武秀樹さんのインタビュー記事(以下)。この記事は坂本さんが実験の虫、執念の人だったことを明らかにする。「誰もまだ聞いたことのない音」を求めて執念の音楽家の彼が私たちに残してくれたものは、311以後、「誰もまだ経験したことのない社会の仕組み」を求めて執念の社会運動の行動を取り続けることだ。そのひとつが、今回私たちが明確にした「誰もまだ日本で経験したことのない保養活動」のスタート。これが坂本さんに対する私たちのささやかな感謝の捧げものです。
(文責 柳原敏夫)
(朝日新聞2023年5月2日朝刊・文化欄)